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主婦であり、女性で輝いている方々とのおしゃべりを通して、子供の育て方、仕事、趣味など女性ならではのキーワードで展開・・・和やかな中での素顔の輝ける女性たちの本音を語ってもらいます。彼女たちの生き方を垣間見て、子育てのヒント、女性たちの今後の人生のプランのお役立てに・・・。

菅野牧子さん


1994年・ペア世界チャンピオンを経て、エアロビインストラクターとしてクラブチームを率いり、スタジオレッスン・講演など多忙な日々の傍ら、ミュージシャンちゃらさんのトレーニングコーチも務める。

(社)日本エアロビック連盟公認テクニカルアドバイザー、同連盟公認C級審判員、同連盟公認競技会リーダー、秋田県エアロビック連盟理事、Team M.K代表、(株)BODY ART JAPAN契約ライダー、(株)トロップスAVIAセレクトインストラクター、(株)インフィニティーMUSASHIサポートアスリート

プロフィール

家族:ご主人
生年月日:1966年4月10日 牡羊座 A型 秋田県生まれ

小学校〜:バレエ一筋
中学3年 コンクールなど多数出場していたが、あまり親に負担を掛けたくなく断念。

高校時代 :陸上を始める、持ち前の身体能力で、インタハイ。
大学時代 :日本体育大学
で陸上選手として活躍。インカレ出場。

22歳〜  :東京のフィットネス会社勤務。
23歳〜  :仙台のフィットネスクラブへ。始めはジムインストラクターだったが、エアロビインストラクターになると、@540→2,500と、言われ即決。 その後、フリーでエアロビクスインストラクーとし仕事をこなすようになる。

24歳〜  :初めて、ノリでエアロビの大会に出場。しかし、そのあと予選を通過してしまうなどうれしい誤算があったが、競技にあまり興味がなく日常に戻る。

26歳〜  :勉強のためラスベガスに、IDEAというエアロビクスの集中講習会をうけにいったついでに観た、WAC(ワールドエアロビクスチャンピオンシップ)で活躍する日本選手達をみて、一気に競技に興味が深まる。IDEAにいた東京で活躍中の大御所の方々の誘いに、なぜか即決し3ヵ月後には上京し、それとほぼ同時にSUZUKI JAPAPN CUPのトリオ部門で3位になり、幸運な競技生活をスタートさせる。

28歳〜  :ALL JAPAN CHANPIONSHIPでミックスペア優勝。その後、同世界大会は8位。

29歳〜  :結婚をし、競技選手としてはシングル女子で全日本3位を5年連続とりつづけ、別名、ブロンズコレクターとなる。
34歳〜  :全日本で準優勝し、アナハイムにて、WAC6位(世界大会では自身最高順位)となる。

39歳〜  :いろんな意味で区切りをつけたく、久々にシングル女子でエントリーしたら準優勝してしまい、こうなったら最後はとびきりの衣裳でと思い、オリーブさんに衣裳をオーダーし、オリーブさんの衣裳をまとい世界大会(11位)にて現役を終える。

40歳   :パフォーマーとして新しくスタートしつつ、これからの選手の育成のために、日本体育協会公認上級コーチ取得。

ご本人について教えてください
ご自分はどんな性格ですか?

明るいですね^^、でも見た目の割りに"繊細"なんです。
言葉や感情には私は、「裏表」
がまったく無いのに、そういう物がある人には、分かってもらえない部分があって、それですぐに落ち込んだりしてます。
それでも、「がんばれ」って言ってる自分がいて、こういう状態も好きなんです。

お仕事について伺います
仕事を始めたきっかけ


特にこれを、やろう!と思ったことはなく、気がつくと、こういう状態になっているんです。


その大まかの仕事の流れ


月に1、2度エアロビの大会のゲストリードに行きます。
あとは、東京でスタジオレッスンや、クラブチームの育成をし、また、パフォーマンスとして、舞台に出たりもしてます。

最近は、ちゃら(ミュージシャン)さんのトレーニングコーチとして、自宅でレッスンしたり、ライブにも同行したりしてますね。

仕事を辞めたいと思ったことは?

レッスンインストラクターとして絶好調のとき(1992年の前半)に悪い噂がたち、精神的に壊れそうになった。しかし、それを精神的に打破するためににアメリカいったことにより、出会いが広がり、東京にでて競技選手になるきっかけになった。
やはり、人生は、ピンチをチャンスにかえ、新しいことにチャレンジし、自分の状況をチェンジできるんだなぁと思う訳ですよ
(゜◇゜)〇!

仕事をしてよかったこと


たくさんのすばらしい出会いと経験を得られてること。
そして、私という存在がエアロビクスの競技選手として演技で、レッスンにおいてインストラクターとして、世の中の方々にアピールすることができ、それに対してうれしい反応を得たときは、とにかくハッピーです。
レッスン受けてるメンバーさんの笑顔も大好きだし、地方でのイベントで、参加者の方々の頑張ってくれてる姿もたまらなくしびれる。
コーチしてる選手が、たとえ小さい大会でも優勝してみんなで喜んだり、一次を通ったというだけでも喜んであげたいし、残念だったときは次の目標をクリアするためどうしたらいいか一緒に考え作戦をねってあげたい。ジュニアからおかあさん層のアマチュアさんまで、それぞれ競技をやってる自身を好きであってほしく、人としてハッピーであってほしく、それを手伝う作業をしてるなあと実感できるときはかなり幸せです。

ご家族について

ご主人の仕事の理解

エアロビを辞めたくなった時も、いつも応援してくれました。
でも、家事など一切、やらないですよ。
遠征などから帰ると、家の中がひどいことになってます(笑)

今後の展望は?

まったく無いです〜。今までで、先がわからずにここ迄、来ていますから。
それに、段取りを組むと、やる気が出ないタイプですので・・・、ノリと空気で生きてます(笑)

オリーブのサイトを見てなにか感想を

柴田さんの気持ちいい性格が、サイト作成者のことばひとつひとつにあらわれていて楽しいです。

最後に・・・生まれか変わったら、次は何をしますか?


サッカープレイヤーです!!
男になって、あの踊るような足さばきを、したいです!!

菅野さん(左)とCHARAさん ちなみに、CHARAさんは、2006・09.13マキシシングル”世界”をリリース。

本当に、楽しい時間過ごさせて頂きました。お会いしたのは、初めてなんですが、屈託無く、お話してくださり、始終、笑いが耐えませんでした。
日本チャンピオンですから、強い意志があり・・とのことで成し遂げたことかな?と思っていたのですが、ご本人に会って、「努力と好きと今までの積み重ねの結果」なんだと分かりました。

本格的にエアロビを始めて、1年後にチャンピオンですから、周りが、良くも悪くも黙っていなかったと思います。その状況の中でのエアロビ生活は、しんどい部分もあったと思います。
でも、生涯のパートナーと出会い、心が満たされ、自分自身を見失わずやってきたことが、いろいろな才能を開花させ、自分でも先が分からなかった、今の充実した人生を送っているのだと思います。
そうそう、余談ですが、20代のころ、TVプロデューサーの目に留まり、浅野ゆう子らとの、トレンディドラマの出演依頼もあったそうです。そんな管野さん、まだまだ、いろんなことをしてくれそうな、予感がします。
(^.^)